【ヒューリスティクスとは?】「行動経済学②」
今回は、人が行動する際に、どのような手がかりを用いて判断を行うのか解説したいと思います。
1.ヒューリスティクス
問題解決において、明確な手がかりがない場合に、便宜的に用いる手段をヒューリスティクスといいます。
不完全ではありますが、一般的には問題解決に役立つ方法です。
ヒューリスティクスは多くの場合、簡易的に正解を導くのですが、時に大きな誤りを招くこともあります。
たとえば、人が確率を認識するとき、ヒューリスティクスによって、偏った判断をしがちなのです。
【代表性の罠】
ヒューリスティクスの一つに、「代表性」の罠というものがあります。
たとえば、大きな病院で一日に平均45人、小さな病院で平均17人の子供が生まれるとします。
生まれる子供の男女比は平均すると50%となりますが、日によってばらつきが生じるものです。
男児が生まれた割合が60%以上となった日は、大病院と小病院でどちらのほうが多いでしょうか。
この問いに、多くの人はどちらも同じであると答えます。
しかし、母数が多いほど平均値に近い値が出やすく、逆に母数の少ない小病院のほうが男女比にばらつきが出やすいのです。
そのため、この問題では小病院が正解となります。
【少数の法則と平均への回帰】
母数が少ないと値に偏りが生じやすく、人はこの偏った値から物事を判断しがちです。
これを「少数の法則」といいます。
たとえば、20回のコイン投げの途中で、5回続けて表が出たら、次は裏が出る確率の方が高いと考えがちです。
実際には、表も裏も50%なのです。
何事も、短期的には値にばらつきが生じますが、長期的には平均値に近づいていきます。
これを、「平均への回帰」といいます。
たとえば、1度目のテストの結果だけをもとに、高得点の学生を評価してしまうと、2度目のテストで成績が下がるリスクが有るのです。
結果の良かった学生を褒めたら次の結果が悪くなり、結果の悪かった学生を叱ったら次の結果が良くなったとしても、叱る教育が正しいわけではありません。
平均への回帰が生じただけなのです。
母数が少ないと、それが実力なのか偏りなのか判断する事はできないのです。
【利用可能性】
ある事象が出現する確率を判断するときに、直近の事例や顕著な事例を思い出し、それをもとに判断を下すことを、「利用可能性」といいます。
地震があった直後は、地震に対するリスクを高めに見積もってしまうことなどが当てはまります。
しかし、容易に思い出す事例が、確率の判断に適していないものであると、導き出される答えも誤ったものとなります。
たとえば、自動車事故と飛行機事故による死亡リスクについて、実際には自動車事故の死亡リスクが圧倒的に高いのですが、ニュースで大きく報道されがちな飛行機事故の方が、死亡リスクが高いとみなされやすいのです。
利用可能性がもたらすバイアスに、「後知恵バイアス」というものがあります。
結果を知った後に、あたかも初めからそれを知っていたかのように振る舞うバイアスのことです。
実験では、被験者にアガサ・クリスティが書いた本の数を予測させたところ、回答の平均値は51冊でした。
そして、後日被験者に正解が67冊であることを伝え、自分が何冊と予測していたか聞いたところ、平均値は63冊に上昇したのです。
人は、後から自分の考えていたことを正解に近づけようとするのです。
ヒューリスティクスは必ずしも誤りを導くわけではありません。
完全に正しい決断をするには、すべての情報を集め、それに基づくすべての推論を立てて選択を行う必要があります。
しかし、それは現実的な方法ではありません。
むしろ、情報量の少ない人の方が、ヒューリスティクスによって正しい判断を導くこともあるのです。
人は、常識というヒューリスティクスによって、これらのプロセスをショートカットして、もっともらしい決断を下すことができるのです。
2.二重プロセス理論
二重プロセス理論では、人は直感的プロセスであるシステム1と分析的プロセスであるシステム2の、2つの情報処理システムを通じて物事を判断するとされています。
システム1は一般的な広い対象に適用されるシステムで、人間と動物の両方が持っています。
システム2は人間にしか備わっておらず、標準的な経済学はシステム2だけを備えた人間を想定しています。
人は、2つのシステムを連携して物事を判断するのです。
たとえば、将棋のプロは次の一手について、システム1で大まかに絞り込み、システム2で決定を下しています。
システム1で出した結論を、システム2が修正する力は弱いと考えられています。
直感的に間違えやすい問題があります。
「ノートと鉛筆を買ったところ、合計110円で、ノートは鉛筆より100円高かった。鉛筆の値段はいくらであるか5秒以内に答えよ。」という問いに、大抵の人が10円と回答してしまいます。
システム2によって回答を修正する時間がなかったり、脳が十分に機能していない状態だと、特にシステム2による判断力は低下するものです。
3.プロスペクト理論
プロスペクト理論においては、人の価値判断におけるバイアスを価値関数で表しています。
この価値関数には3つの特徴があります。
①「参照点依存性」
人は、絶対的な評価ではなく、参照点からの変化・比較に基づき価値を測ります。
年収4,000万円から年収1,100万円になった人よりも、年収1,000万円から1,100万円になった人のほうが幸せであると判断されやすいというのが、その一例です。
②「感応度逓減性」
利得や損失について、それが小さいほど敏感に反応し、値が大きくなるにつれて、小さな変化の感応度は低減していきます。
たとえば、年収が300万円から400万円に上がった人のほうが、年収1,000万円から1,100万円に上がった人よりも、幸福度の向上が大きいのです。
③「損失回避性」
人は、同じ値であっても利得より損失を大きく評価します。
たとえば、1,000円貰える確率と1,000円失う確率が50%ずつのくじを、ほとんどの人は引こうとしないのです。
4.保有理論
人は、あるものを所有していると、それを持っていない場合より高く評価します。
これを「保有理論」といいます。マグカップかチョコレートバーのいずれかをもらえるという実験では、殆どの人は最初に渡された方を選択しました。
最初にマグカップを渡されたグループは、89%の人がそのままマグカップを選択し、最初にチョコレートバーを渡されたグループは、90%の人がそのままチョコレートバーを選択したのです。
一方で、最初から好きな方を選ばせたグループでは、ほぼ半々の選択となりました。
「現状維持バイアス」も、これと同様の現象です。
人は今の状態をキープしたがるものです。
なお、選択肢が多いほど、現状維持バイアスは生じやすくなります。
5.フレーミング効果
思考の枠組みが異なることで、導き出される答えが変わることを「フレーミング効果」といいます。
人が600人は死ぬ病気があるとして、対応策を選択させる実験を行いました。
600人のうち
①200人が助かる。
②1/3の確率で全員助かり、2/3の確率で誰も助からない。
という選択肢では、72%の人が①を選択しました。
しかし、選択肢を
①`400人が死ぬ。
②`1/3の確率で誰も死なず、2/3の確率で全員死ぬ。
とした場合、78%の人が②`を選択しました。
これは表現を変えただけで、内容は全く同じものです。
人は、判断対象を利得とみなすのか損失とみなすのかで、リスクを追求するか回避するか変わってくるのです。
6.メンタルアカウンティング
人は金銭価値を評価するとき、総合的な尺度ではなく、比較的狭いフレームを用いて、非合理的な判断をします。
これをメンタルアカウンティングといいます。
例えば、就職先を検討するのに、年収ばかりを重要視して、他の条件を無視しがちになります。
また、このメンタルアカウンティングによって、サンクコストが高く評価されるのです。
一貫性を確保するために、失敗が目に見えていても投資を続けてしまいます。
さらに、これまでつぎ込んだ投資を無駄にしてはいけないというヒューリスティクスが、サンクコストに対して生じているのです。
また、子供よりも、大人の方がサンクコストを考慮しがちです。
これは、大人になるにつれてヒューリスティクスが形成されていくためであると考えられます。
つづく